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zoom RSS 「物語が物語への依存を否定する」というシナリオ類型

<<   作成日時 : 2010/10/05 03:11   >>

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 「ナツユメナギサ」と「Nega0」は共通点が多いことに気付きました。世話焼きの主人公がいて主人公に依存する幼なじみヒロインがいる。幼なじみヒロインは主人公に夢を託し活躍を願ってる。幼なじみヒロインの主人公への依存はなくすべきものとして取り扱われる。自立が一つのテーマ。
 ここで主人公へ夢を託してるのはプレイヤーも同じと言うのがポイントです。プレイヤーによる自己投影も「なくすべきもの」と扱われているんじゃないかと。心地よい物語への依存は物語の結末において否定される。物語は儚いものなのです。
ナツユメナギサNega0(ネガゼロ) 初回限定版
[致命的ネタバレ]
 双方の物語において主人公は最初から死んでいます。物語の舞台は幼なじみの夢の中。幼なじみは「主人公が生きて活躍する世界」を思い描き、そこに逃げ込んでいるのです。その世界において幼なじみは自らの幸せを省みていません。
 「ナツユメナギサ」においては物語から自らの存在を消し去り、ただ主人公が他ヒロインと恋仲になるのを見守っています。「Nega0」においては「例え自分が幸せになれなくても主人公さえ幸せになればいい!」と夢にしがみついています。「Nega0」のキャッチコピーは「さようなら、ご都合主義(ハッピーエンド)」です。敵魔法少女の妄想をぶっつぶすのが表面上の目的ですが、最終的にぶっつぶすのは幼なじみの妄想(→主人公が生きている)なのです。1周目では幼なじみとくっつく主人公は2周目では幼なじみの親友とくっつきます。3周目では自分の相棒(擬人化パソコン)とくっつきます。4周目では苦手なタイプの転校生とくっつきます。どれだけ不本意な展開になっても主人公を諦めず依存し続けるのが「Nega0」の幼なじみです。

[致命的ネタバレ終わり]

 「スマガ」も物語への依存の否定という意味では似たような話です。ただし「スマガスペシャル」で「ネバーハッピーエンド」なる概念を生み出して永遠に続く物語と妥協してしまいました。
スマガ 通常版スマガスペシャル
[致命的ネタバレ]
 「スマガ」の舞台は現実逃避した文学少女の夢の中です。その夢の中では「エンディングを迎えないため」にバッドエンドしか起こらないように仕組まれています。バッドエンドならば「もしあの時○○だったらハッピーエンドだったのではないか?」と物語を巻き戻し夢を見続けることが出来るからです。主人公の目的は文学少女を説得しハッピーエンドを迎えさせ、現実と向き合わせることです。
 「スマガスペシャル」においても基本的な話の筋は変わりません。目を覚まさせる相手が夢の外にいる文学少女でなく、夢の中にいる百合カップルというだけです。夢の中の魔女二人が世界を永遠に幸せが続くループ時空にしてしまったというのがあらすじなのです。「スマガスペシャル」においては「夢から目を覚まさなくても良いじゃないか?」という考えが提示されます。ループ時空はそのまま。永遠に終わらない幸せ。それが「ネバーハッピーエンド」です。

[致命的ネタバレ終わり]

 「リトルバスターズ!」や「Angel Beats! 」にも物語への依存を拒否する要素が盛りだくさんです。心地よい物語の出来がいいから依存されまくっていますがw 視聴者は主張に説得力を持たせるための下地「心地よい物語」に浸りきって、最後まで話を聞いていない気がします。
リトルバスターズ エクスタシー 通常版Angel Beats! 1 【完全生産限定版】 [Blu-ray]
[致命的ネタバレ]
 「リトルバスターズ」の舞台はバス事故にあった仲良しグループが見ている夢の中です。夢は楽しかった頃の思い出で成り立っています。仲良しグループのほとんどは生還が絶望視されており、生存見込みがある二人は頼りない。事故後に二人だけで生きていけるかどうか心配されています。生存見込みがある二人は夢の中であることを知らず、生還絶望視組は夢の中であることを知っている。ここにおいて生還絶望視組の意見は二つに割れます。「二人を現実に帰すべきだ」という意見と「二人をこのまま夢の中にいさせるべきだ」という意見と。最終的に「夢の中で成長した二人が現実に帰る」というのがエンディングになります。
 「Angel Beat!」の世界は幸せな青春を遅れなかった人間にそれを味わわせる世界です。視聴者で行ける人多そうですね…。卒業すべき世界として描かれてます。受け入れず暴れてちゃいけないらしい。

[致命的ネタバレ終わり]

 共通するのは「都合のいい夢物語は終わる。最後は現実と向き合わなきゃいけない」というメッセージです。視聴者にも物語から自立して欲しいかのように感じられます。
 ただ、商売としては依存されなきゃ成り立ちません。物語への依存を否定する話はビジネスとして矛盾を抱えてるわけです。物語の主張は棚上げしてグッズを買って欲しいという下心も存在します。
 「スマガスペシャル」が選んだ「ネバーハッピーエンド」は「終わらない夢物語もある」というメッセージで実際の商業展開と整合的です。FD出しておいておきながら「物語は終わる」と言う主張はおかしいので転換は致し方ない。「開き直りじゃないか」と思いますがそれで業界は廻っています。

 「依存を否定して終わる物語」が「依存させ続ける終わらない物語」を内包し、ビジネスとしてそれを頼りにしているのはちょっと皮肉です。
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コメント(6件)

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個人的に、ヒロインの依存に対する否定という意味では「CROSS†CHANNEL」の黒須太一が思い浮かびます。後半、ヒロイン(特に曜子・冬子)の自分への依存を否定して、一人ずつ元の世界へ送還していく展開と、最終的に自分以外の全員を送還した後、独りになってなお皆との記憶を保持したままループ世界に在り続けることの孤独に壊れかける主人公。この段階で、これまで自立性を志向しつつも皆との関連性に依存があったわけですが、最終的には自身の過去と出生を再認識する事で自身を補完。最終的には、一切のレスポンスを期待することなく、ラジオを通じて世界に語り掛け続けていくというエンディング。これは男三人の合言葉「友情は見返りを求めない」を世界に対して適用していると言いますか、依存することなく、ただただ世界を愛していくという結論のように思えます。
因みに、作中で太一以外に自立した存在だったのがラバとループ世界における美希くらいなものだったのですけれど、まあ、太一が最後に至ったこれもラバだけは最初からそんな境地。実際に男三人が語っている時点で、心から「友情は〜」が実践できていたのもラバだけ。なので、前半に色物扱いだったラバが、その辺りの語られる後半に突然格好良くなり、萌える台詞のオンパレードでした。


プレイヤーの物語への依存という意味では否定しているとは言い難いので、ちょっと意味合いが違うかもしれませんけれど。
ただ、自立を扱ったテーマとしては大きいものがあるのではないかと思われます。

長くなってすみませんでした。
仮井
2010/10/06 21:33
度々すみません。
追記です。

>プレイヤーの物語への依存という意味では
>否定しているとは言い難い
と、書きましたが、良く考えたら「CROSS†CHANNEL」の最後、エピローグが太一視点ではなく、現実世界に送還された皆がそれぞれに、太一があちらの世界(美希曰く「あの澄んだ7日間」)から語りかけてくるラジオを聞く、というものでした。
(最後の最後に、オマケ的にある「黒須ちゃん、寝る」は別として)
なので、プレイヤーも最後に皆と一緒に現実世界へと戻され、主人公:黒須太一から乖離する、という解釈も有りかもしれませんね。

あと、もうひとつすみません。
根本的なところで、「CROSS†CHANNEL」のネタバレ全開でコメントを書き込んでしまっていましたが、大丈夫でしたでしょうか?
仮井
2010/10/07 22:27
コメントありがとうございます。
太一が最後に辿り着いたのがラバの境地というのは面白いですね。(ラバはラバで名士である実家と色々あったはずなのですが…。)自立が一つのテーマなのは間違いないと思います。
曜子シナリオをリプレイしたら、「自分の心を他者に仮託するな!」と太一が言っていました。幼なじみなるキーワードも出てきて、無意識にかなり影響を受けてるかもしれません。

プレイヤーとの関わりではあのループ世界は「都合のいい夢物語」とはかけ離れています。暴走の不安を抱えた太一が自分を見つけるのには優しい世界だったかもしれませんが、一般に居心地が良いとは言えません。「夢の世界で自立の助けを得る」類型としてはかなり似てますが「物語への依存を否定」という印象は弱いです。
「CROSS†CHANNEL」の皆は辛い現実を抱えながらも現実への帰還を望んでいたはずです。現実に帰るのを邪魔する抵抗勢力がほとんどいないので「現実と向き合わなきゃいけない」というメッセージは違うかなと思いました。現実の肯定に力が入れられているのではないかなと。
(「黒須ちゃん、寝る」で太一が元の世界に帰還したと思っているので余計に。太一がいないループ世界に未練は残らなそうです。)

ネタバレについては特に問題ないです。気軽に書き込んでくださいませ。
dakuryu
2010/10/11 04:48
どうもです。

>プレイヤーとの関わりではあのループ世界は「都合のいい夢物語」とはかけ離れています。
やっぱり、物語全体としては違いますよね。

ただ、
>「CROSS†CHANNEL」の皆は辛い現実を抱えながらも現実への帰還を望んでいたはずです。
これは無いと思います、特に依存の否定される2人。
曜子ちゃんは大抵のループにおいて数日中に世界の構造を理解しつつ、自分と太一の仲を邪魔する者が居ない(少ない)世界≠ニして肯定的に捉え、維持する方向に動きますし、冬子もキャラ個別シナリオ限定で太一が再び構ってくれる・依存させてくれる世界′フに、楽園となっていた筈です。どちらも太一が依存を許容してくれる≠ニいう、最終的に当人に否定される条件が前提となっている訳なんですけれどね。

「黒須ちゃん、寝る」に関しましては、いくらでも解釈のし様があると言いますか、わざと明確な解釈を示さない表現になっていますね。
逆転でネガティブな解釈をしてみれば「あれはループ世界での出来事で、皆の方が再度来ている」「来てしまった皆の生死は不明・・・というかむしろ、肉体を持って居なさそう」「全員同時に来ているのは、あの世界で人間が消えてしまったのと同様の事が現実世界でも起こり、皆も同時期に全滅したため」
飽くまで、わざとネガティブに考えてみた一例ですけれどね。
仮井
2010/10/13 01:13
追記
>ラバはラバで名士である実家と色々あったはずなのですが…。
ラバの実家に関しては、冬子の実家との対比で両親ものほほん≠ニ紹介されていましたし、望めば何でも自由にさせてもらえている扱いでした(群青入学自体、世間体から考えれば忌避されるようなところが、適応率的に必要ないのに本人の希望≠セけで許容されている点なども含めて)
基本的に、物理的・金銭的には実家に依存していますが、精神的な依存は無いキャラクターでしょう。故にこそ、ループ世界で実家の権威が及ばない事態に陥っても、冬子と違って本質的に変わる事無く楽しんで見せ≠骼魔熄o来ていたのだと思います。
仮井
2010/10/13 01:14
確かに依存してる曜子と冬子にとってはそうですね。ただ「依存しちゃいけない」と「物語に依存しちゃいけない」にはやや飛躍があると思うのです。肝心の太一が是としていませんし、曜子や冬子が極めて特別扱いなヒロインというわけではありませんし、作品としてそういうメッセージにはならないかなと。

ラバに関しては納得です。本質的に変わらないのは精神的依存がないからと。なるほど!
dakuryu
2010/10/25 05:21

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